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特設ページ

フェニックス旭は、横浜市内12番目の中途障害者地域活動センターとして、2000年11月7日二俣川の地で開所しました。
それから20年、利用者の方、ご家族の方、地域の方、支援者の方などに支えられ活動を続けています。
こちらの特設ページでは、20周年にあたっての寄稿文や写真、その他20周年記念企画の事など掲載してまいります。

2021年10月19日
18日(月)・19日(火)の2日間開催しました、「フェニックス旭 感謝祭 ありがとうセール’21」。
大変多くのお客様にご来場いただきました。
18日はこれ以上無い秋晴れ、19日は時折小雨がぱらつく寒い一日。どちらの日も店頭には常にお客様がいらっしゃるほどの盛況ぶりで、私たちとしても大変楽しく販売することが出来ました。
まさにフェニックス旭の20周年を締めくくるにふさわしいセールとなりました。
限られた時間のセールでしたが、わざわざ足を運んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
頑張ってまた素敵な作品を作ります!
普段より店頭にて販売しておりますので、気軽にお寄りください。
お待ちしております!

2021年10月14日

セール限定品準備中!

フェニックス旭感謝祭ありがとうセールは、10/18(月)・19(火)10:30~12:00です!


2021年10月08日
横浜市旭福祉保健センター長 亀井直樹様と、横浜市二俣川地域ケアプラザ所長 奥山由佳里様より、お祝いの言葉を頂戴しました。
 
この度は、NPO法人横浜市中途障害者地域活動センター「フェニックス旭」が開所20周年を迎えられましたことを心よりお祝い申し上げます。
 
長年にわたる活動の功績は、白井所長をはじめスタッフの皆様、また運営に携わっておられる内田理事長をはじめ理事の皆様の不断のご努力の賜物であると感謝申し上げます。
 
旭区の中途障害者支援の歴史を振り返りますと、昭和59年から保健所保健師が中心となり機能訓練教室(リハビリ教室)を実施したのが始まりです。
その後、多様化する市民ニーズに的確に対応できるよう、平成20年からは、区役所が実施していたリハビリ教室事業も活動センターの事業に加え、区役所とも連携しながら、地域の中途障害者の支援を行っています。
「フェニックス旭」は、中途障害者の方が、自らの障害と共存する意思を持って、新たな生活へ踏み出せるよう、リハビリや健康管理に必要なことや、閉じこもりや孤立を防ぎ、自立した地域生活への移行につなげる大きな役割を担っていただいています。
また、近年はバザーや近隣小学校との交流を通じて障害に対する理解を深める啓発にも力を入れられ、「地域に開かれた活動センター」としての期待も高まっています。
区役所でも、中途障害者への理解を深めるため、自主グループの支援や研修会、障害の普及啓発を実施していますので、「フェニックス旭」の皆様とともに、さらなる連携を図り、旭区が中途障害者の方にやさしいまちとなるよう取り組んでいきたいと思います。
 
最後に、「フェニックス旭」の一層のご発展と皆様のご活躍を祈念してお祝いの言葉とさせていただきます。
 
横浜市旭福祉保健センター長 亀井 直樹
 
フェニックス旭開所20周年おめでとうございます。
そして、障害のある方や、御家族の方への、様々な支援活動に取り組まれている事に心から敬意を表しております。
 
フェニックス旭は、脳卒中や脳外傷などにより、人生半ばで、障害がある生活になった方(中途障害者)が、障害があっても再び地域の中で、自立して暮らせることを目指して活動されています。それは、地域ケアプラザの誰もが住み慣れた地域で安心して暮らせるまちづくりへの取り組みと、目指すものが同じです。
 
今後も、身近な地域の支え合いや、つながりが必要になっていきます。
「地域の人々とともに、地域の人々のために」これからも交流を通じて、ともに取り組んで支援の輪を広げていければと思います。
 
フェニックス旭のご利用者様をはじめ、皆さまのご健勝、ご多幸をご祈念申し上げまして、お祝いの言葉といたします。
                            
横浜市二俣川地域ケアプラザ 所長 奥山由佳里

 
2021年10月05日
フェニックス旭のメンバー1人1人が携わって制作した、「20周年記念作品」がついに完成!



大小様々な花の飾りに彩られた大きなボードの下には、在籍メンバー全員に加えて、昨年度卒業してアリアーレで活動中の卒業生による一言が記されています。

障害はひとそれぞれ、性格や生活環境もひとそれぞれ、目標もひとそれぞれ、だからフェニックスの活動の仕方もひとそれぞれ。

そんなバラバラな個性も40人ほどが集まると、それぞれの良いところ・得意なことを発揮できる場面が必ずあります。それぞれの力を結集することで、フェニックスの活動はとてもよい形なっていったと感じます。
そんなフェニックスらしさを表現した素敵な作品になったと思います。

そして!
10月は20周年記念の最後の月。
10/18(月)・19(火)のセールを盛り上げていきたいと思います!
メンバー・職員、力を合わせて準備中です。
皆様のご来場をお待ちしております!
2021年09月21日
フェニックス旭の20周年の最後を飾る、「秋の20周年記念セール」。
詳細が決定しました! その名も、


フェニックス旭 感謝祭 ありがとうセール’21


今までお世話になった地域の皆様への感謝のために、
これからも地域のために活動できる施設であり続けるために、
利用者の皆さんが心を込めて作った素敵な品々を販売させて頂きます。

詳細は下記チラシをご覧ください。
皆様のご来場をお待ちしております!



 
2021年08月20日

フェニックス旭の20周年を締めくくる、秋のセールの開催日程が決まりました!
 

10/18(月)・10/19(火)

いずれも10:30~12:00


詳細は後日こちらの20周年記念ページにてご案内いたします。
お楽しみに!

(新型コロナの感染状況により、開催内容が変更となる場合があります。あらかじめご了承ください。)

2021年08月19日
それは、突然で前ぶれもなく早朝の事でした。クモ膜下出血でした。この日を境に人生は変わってしまいました。今まで会社経営をして家族の中心的な人が、集中治療室で見た時は絶望しかありませんでした。
子供達もショックを隠しきれませんでした。私が「おとうさんと二人で死にたい」と言った時、みんなが「これから先どうなるかわからないけど今の事だけ考えよう、私達もできる限り手伝い助けるから」と言ってくれた時は心が軽くなり、自分もがんばって支えていかなくては、そして死んではダメなんだ、と思いが湧いてきました。
おかげ様で命は助けていただき手足は問題なく、聖マリで2ヶ月、リハビリ病院で4ヶ月入院生活を送り、退院後娘がフェニックス旭があることを調べてくれました。縁がありお世話になることになりましたが、フェニックス旭に1人で行くために道路を覚えられず車で送り、その後はバスで送り迎えしながら1人で行けるまでに。時間がかかりましたが、7年間通い続ける事が出来ました。
 
 お仲間の名前も出てきて家でもあれこれと話すようになりました(なるべく私の方から質問していました)。今は卒業し3年ほど経ちますが、おかげ様で今でもフェニックス旭のお仲間とのつながりがあり、おりしす会・ひまわり会と声を掛けていただき、会を通じ行動を共にしています。
 地域の人達との関わりが出来るのかいちばん心配していましたが、地域の方々からの声がかかり、麻雀2ヶ所・グラウンドゴルフ・ラジオ体操・夕方の散歩と楽しくやっています。もちろん主人の病気の事を知っている人も知らない人もいますが、同じように接してくれています。今はおりしす会や麻雀が出来ませんが、早く出来るようになるといいなと心待ちにしているようです。
 
支える側の家族の苦悩はとても大変です。それぞれ家族によって違うと思いますが、「私しか支える人はいないから、やらなくてはいけない」と思う心が強く、子供にはまだ幼い子があり手がかかるため、誰にもどこにも相談すらしませんでした。一生懸命やっているうちストレスで体調を崩してしまいました。唯一話を聞いてくれる人は私の友達でした。励まされ、愚痴などを聞いてくれ、話し相手になってくれました。とても感謝しています。
 
今まで作ったことが無かったことですが、7年間フェニックス旭にお世話になっている間、毎日お弁当を作っていました。お弁当箱は子供達からのプレゼントです。帰ってくると自分でお弁当箱を洗い、朝には空のお弁当箱が並べてありました。たまにはコンビニで買ってくれればありがたいけどと思う時もありましたが、それは叶うことはありませんでした。
今日でお弁当も最後という日はお赤飯を入れました。多分冷やかされながら食べるんだろうと想像はしていましたが、やはりそのようでした。お赤飯にしたのは私のお弁当作りが最後との思いと、これからの2人の次のステップの始まりの意味と、よく7年間ほぼ休まず通った労いも兼ねてのことでした。卒業式は家族はほぼ出席していない事は分かっていましたが、あえて所長さんお願いし出席させてもらいました。
フェニックス、アリアーレの人達、また職員の方々も名前もそこそこ分かってきて、お世話になった事の感謝を伝え、私も一区切りつけ次の人生を送っていきたい、との思いがありました。
 
これから先は、年もとって先が心配な部分がありますので、子供達に少し頼っていかなくてはならないかなと思い、私は少し力を抜いて過ごし、二人の共通の趣味の旅行、また孫の成長を楽しみにしていきたいと思います。私だけが支えるのではなく2人で支え合っていこうと思います。たぶん主人も今同じ気持ちだと感じています。家のことなり何か手伝わなくてはと思う気が伝わってきますが、ジャマだなと思う時もまた余計なことをして二度手間でイライラすることもありますが、なるようにしかならないと思うこの頃です。

元フェニックス旭利用者ご家族様 より
2021年07月19日
フェニックス旭20周年おめでとうございます。
初めはフェニックス旭からお世話になり10年以上が過ぎました。
私自身も障害者に対する知識はほとんどなく、むしろ偏見さえ持っていましたが、夫が通所を重ねることで言葉の数が増え、できる事も増え、笑う事も増え、まるで不死鳥のように元気になることができました。
職員の方をはじめ、仲間との関わりはどんな薬よりも大切なことを実感でき、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも障害者に寄り添い、地域に根付く場としての活躍を願っております。

工房アリアーレ利用者ご家族 湯浅 悦子 さんより
2021年07月19日
我らがフェニックス、今年20周年を迎えることは、大変めでたいことです。今では地元にしっかりと根差し、多少天気が崩れようと、地元住民はワゴンセールを縁日を待つがごとく楽しみに待っていてくれ、セール実績も申し分なくあがっています。これもひとえに日頃メンバーと職員がコツコツと製品を作る結果が、高品質を維持した結果だと思います。多少のささくれはありますが(笑)
また、今年20歳(ハタチ)になるフェニックスは着実な活動をコロナ禍でも行っており、
①箱根へのバス旅行
②卒業式を行い、きちんと卒業生を送ることができました。もう何期も卒業生を送ったことでしょう。膨大な数の卒業生だと思います。
③自主活動も工夫され、(a)室内レクリエーション型 (b)自主活動ミニ版で活動しています。
 
20周年を迎えるにあたり、フェニックスの設立当初を想像すると、今でこそ地元に密着したフェニックスも、周囲の人にとって、中途障害者地域活動センターとはいったい何者、中途とは?障害者とは?(傷害と響きが似ていて)警戒をもって見られていたのでは?
そんな中、20年前設立当初のメンバーと職員は、コツコツと製品を作り、コツコツと活動した結果が地元住民に理解され、今のフェニックスにつながっているのでしょう。頭が下がる思いです。
成人となったフェニックスは、今は地元に貢献し続け、より確かな活動を継続していきましょう。

フェニックス旭利用者 高岩 寧 さんより
2021年06月18日
6月より、利用者の皆さんで「20周年記念作品」を制作しています。
販売用ではありません。
この記念の年を共に活動した証として、共同で制作する記念になるようなものです。
皆さんそれぞれ得意なことは違います。細かく切るのが得意な方、正確に線を引くのが得意な方、色選びが得意な方・・・様々な「得意」を全てのメンバーに発揮して頂き、フェニックス旭らしいおおらかな作品を作っていきたいと思います。



これは作品の一部。これがどんな感じに完成するか。
皆様楽しみにして下さい!
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